信濃毎日新聞内定者

 

タイトル「語り」

 

 天井近くの小さな窓から蝉の声が遠くに聞こえる。明かりは、小さな窓からの陽光と作品を照らす照明だけだ。夏、知人に勧められた私は無言館を訪れた。館内では、数人の来館者たちが作品について 小声で 話し合っている。

 無言館は、長野県上田市にある美術館だ。第二次世界大戦中に亡くなった画学生の作品や遺品が展示されている。家族や 恋人 、 ふるさとの 懐かしい情景。 戦争によって 彼らが捨てざるを得なかったものが 、彼らの絵の中に示されていた。

 深緑色のパイロット服に身を包んだ青年がこちらをじっと 見つめている。大貝彌太郎の作 「飛行兵立像」。この作品の劣化は激しく、口元の絵の具が剥がれ落ちている。喜びか、

悲しみか 、 誇らしさか、それとも 諦め か。立派な服装に身を包んだ彼の表情を 、読み取ることはできなかった。

 大貝彌太郎は、東京美術学校の油画科を卒業した後、長崎県のパイロット養成学校で美術を教えていた。戦争が終わった一九四六年、栄養不足がたたった為 か三八歳の若さで病死する 。

 戦後七〇年はとうに 過ぎた 。今を生きる私たちは、亡くなった彼らから直接話を聞 くことはできない。 もう、手遅れだ。彼らは語ることができない。だからこそ、これからは 言葉以外のものから 、彼らの思いを汲み 取ることも必要になってくる だろう 。

 静かな山の上に佇む この無言館には、彼ら の遺し ていった ものがあ る 。 私たちはこの言葉の一つ一つに耳を傾けていかなくてはいけない。

 日が傾き始め、少し薄暗くなってきた館内 。一人の 若いパイロット は 無言で 、 私たちに語っている 。