文字は手で書け

 けさ体重を測ったら56.2キロだった。去年の4月ごろは61キロ台だったので、5キロは痩せたことになる。レコーディングダイエットというダイエット法があるのだけれど、食べたものを記録するだけで減量できるという。

 わたしもじつは3年連用日記に一日の食事を毎日えんぴつで書いている。体重と歩いた歩数はスマホに記録している。その成果が出た。食べたものを記録することは、その食事内容を反省することにつながる。反省が食欲を抑えてくれるのではないか。

 タレントにして随筆家、ラジオ・パーソナリティーだった永六輔さん(19332016)に晩年お会いしたとき、「ボケ防止のために毎朝、きのう食べたものを思い出して書き出しているんだ」と、話してくれた。わたしも新聞社の定年を過ぎ、いまや63歳。かれを真似た。これが思ったより大変で、1日付け忘れると、もう前々日の献立が思い出せないのだが。それはさておき、この食べもの記録は、えんぴつで手書きしているところがミソだ。

 勤務先だった新聞社では、この30年余ワープロやパソコンで原稿を打ってきた。もはや手書きで記事を書く記者は皆無である。しかしパソコンで文字を打つようになって漢字を忘れたり間違えたりしがちだ。ワードプロセッサーがセッセと文字を生産してくれるので、人間のあたまがさぼってしまうのである。使わないと筋肉が衰える退行萎縮が脳でも起きる。

 衰えないためには鍛えることだ。

 そのためには毎日、機械に頼らず字を書くことだ。ボケ防止だけでなく文字を覚えておくためにも手書きの「食べもの日記」は有効なのである。

 大学の講義で(ことしはリモートだったが)、黒板に「御社」と書いて、「では、この反対語のヘイシャを漢字で書けますか」と聞く。学生たちに書かせると、まったく思い浮かばない子もいるが、確かこんな字だったなあと書いてみた子の2割ほどが、「幣社」と書く。正解はもちろん「弊社」である。かたちをなんとなく覚えていても、それで正確な字が書けるわけではないのだ。

 ちなみに、弊社の弊は、へたれたとか疲れたとか悪い意味があるが、幣は、神に祈るときに振る紙や麻、お金の意味があり、ふたつの語の意味はまったく反対である。

 アタマを退行萎縮させないためには、ふだんから手を使って文字を書く習慣をつけておくこと。先出の「食べもの日記」だってよいし、礼状や季節のあいさつなどメールではなく、こまめにハガキや手紙で書くようにするのもよい。年賀状の宛名くらいは手で書いてみる。「謹賀新年」の印刷文字のヨコに一言手書きで付け加えるのも心がこもってよい。

 マスコミの採用選考での作文やエントリーシートを手書きにさせる社も少なくない。パソコン文字を許しているところでも手で書くトレーニングをしていないと思わぬ誤字を書きがちだ。というわけで――

 諸君、日ごろから手で文字を書くクセをつけておこう。        岩田一平