瀬下流作文作法

 ああ、そうだった。先日、Eテレで画家の野見山暁治(のみやま・ぎょうじ)さんの特集を放映していて、思い出した。「作文に色を取り入れろ。そのためには画家の文章を読むとよいよ」。新聞社を目指して文章修業をしていたころ、瀬下師に言われたことばである。35年前のことだ。それで薦められて読んだのが、野見山さんのエッセーだった。おそらく当時ちょうど日本エッセイスト賞を受賞した『四百字のデッサン』だったろう。

 

 瀬下師は、毎日新聞の社会部遊軍、サンデー毎日で、「七色の文体を持つ記者」といわれていた。もうひとつ師がそのころ提唱されたのが、「作文の書き出しをひらがなにしてごらん」。文章全体がやわらかくなるのである。

 

 いま、ペンの森は、マスコミ就活の山場を迎えて、みな必死になってESの文章や作文を書いている。瀬下師に加え、わたしや先にマスコミに就職した先輩たちが添削するわけだが、「題材はいいけど残念な作文」がけっこうある。あふれるほどの思い、書きたいことはいっぱいあるのだけれど伝わらないのである。

 

 「色のある文章」「ひらがなから書き出せ」は小技のようだけれど、文章は伝わらなければ仕方がなく、相手にどう伝えるかの工夫が必要だということだ。サービスといってもよいだろう。ひとりよがりではダメなのである。

 

 野見山さんは東京芸大を卒業して召集され大陸で死線を彷徨う。帰還して画家として大成するのだが、パリで愛妻をガンにより亡くす。その哀惜の思いをエッセーに書き、以後は画業の一方でエッセー集をつぎつぎと発表する。さらに野見山さんは戦死画学生の遺作を収集・展示する「無言館」の設立(1997年)にも奔走した。そして、無言館といえば、瀬下師が学生たちに「ぜひ行きなさい」と薦めている場所なのである。

 

 伝えなければならないという熱い思いと、伝えたいことを正確に相手に伝える技術。瀬下流文章作法の根本だろう。わたしは、まだまだである。(平)